平成19年3月議会・一般質問
 先日は井口市長、松原議長をはじめ大勢の議員・幹部職員の皆さんから、伝統ある裸押し合い祭りに、参加いただきありがとうございました。
 裸押合祭りが国の無形民俗文化財に選択され、3月2日から4日まで、調査委員長である新潟大学の飯島教授をはじめ16名の調査員の方が、祭りの調査に入っておりました。そして、国からは文化庁の文化部伝統文化課・石垣文部科学技官が、県からは文化行政課の鈴木主任調査員が来られました。
 裸押し合い祭りを、後世に記録として残すため市の大きな支援に感謝いたします。これからも伝統行事に対しての指導と協力をお願い致します。
 さて、先に通告致しました2点について質問致します。
1.「基幹病院」の一日でも早い開院を!
 
 最初に「基幹病院」についてです。
 一昨年の12月、新市の初議会から本3月議会まで、12名の議員諸氏がこの問題を取り上げ、本議会でも私を含め3名の議員が質問しています。そして、議会に基幹病院の特別委員会が設置され5回の委員会、管外視察が行われております。
 人間の命、そして健康に関わる問題ですので当然のことであり、市民にとって重要な関心事であるからです。

 市長は常々、県が撤退してもは六日町病院は存続する。大和地域の医療は、良くなっても悪くはならない。
 又、議会の一般質問でも再三、基幹病院の運営方法や診療内容等に市の考え、地域としての要望を出すべきだ、と言う声も上がりましたが、市長は県が作るのだからと、動じません。
 
 市長は、県は早く基幹病院の構想案を地元に示すべき、その姿が分らなければ、大和病院の今後の運営、六日町病院に対して、市としてどのような考えかと言われても、話されないと言い続けてきました。
 
 基幹病院が設置される南魚沼市と、基幹病院が設置されない魚沼市・十日町市とでは、事情が異なるわけだから、市長の考えに賛同していました。
 
 基幹病院の構想が示され無かった今までは、行政を担う市長と医療・福祉・健康を直接担う病院長の間で基幹病院、六日町、大和病院問題について、考え方が違っていても、仕方ないと私は受け止めていました。

 市長は基幹病院に1次医療も含めた体制を考え、大和病院は福祉・保険部門に特化し、県が撤退を打ち出している六日町病院を引き継ぐという考えに対し、病院長は、大和病院に外来センター構想を描いております。

 財政を預かる市長と命に直接接する病院長とでは立場上、当然おこるべきして、おこった物と、考え理解されるところです。

 しかし、今まではいいでしょう。
 平成12年に、県立小出病院の改築要望に端を発し、魚沼地域に新たな基幹病院構想が浮上し7年。県を始め関係市町村、医師会の努力により、今年度中には基幹病院の概要(診療科目、病床数等)が示され、19年度中には基本計画が策定されます。

 今後は、市長と病院長が一体となった考えで、県に対して意見や要望を述べることが大切です。基本計画が示される19年度、これからは、考えや意見が違っていては困ります。

そのために、市長と病院長の定期的な会議、せめて月一回くらいの話合いが不可欠と思うが市長の考えを伺います。
 又、新体制になる4月からは、300人からの職員がいる病院です。週に一回くらいは副市長もしくは部長が出向苦事が大切と思うが考えを伺う。
2.「景観行政団体」に名乗りを!
 次に「景観行政団体」について質問します。
 
 景観法が施行され2年が立ちました。景観法により政令指定都市、中核都市は自動的に景観行政団体になります。本県では県と新潟市と新発田市が、佐渡市はこの3月9日に県の同意を受けて、地域の良好な景観整備を促す景観法に基づく「景観行政団体」になったと3月10日の新聞に報道されました。

 景観法ができた背景として、高度成長期以降、良好な景観や生活環境を求めるよりも、開発の名の元に経済性が優先され、建築基準法や都市計画に違反しない限り、どのような形態の建築物でも建てる事ができることになり「建築自由の国」と揶揄される状況です。 
 
 長い年月をかけて形成された、ヨーロッパなどの伝統と風格のある街並みに比べ、日本では全国どこに行っても、同じような住宅やビルが整然と並ぶ状態になり、地域ごとの特色ある街並みが失われていきました。
 こうした事態に対する危惧から「景観法」は生まれました。 
 
 今、浦佐の中心街本町商店街では、16メートル道路構想の都市計画を見直し、現状の道路幅で毘沙門堂に似合った街並みに、そして、道路も車優先でなく、人と車が共生できる道路・街並みにと話合いがスタートいたしました。

 1月31日には、県地域振興局と八海山麓水無渓谷研究会、将来の天王町都市構想を考える会 、裸押合い記録保存・地域活性化部会、NPO法人「野外教育学習センター・魚沼伝習館」、直売所「八人八色」、むかしや(ふる里の昔を伝える会)そして井口助役の出席を得て、町づくりの勉強会を開催しました。

 その中で、大和地区は八色原の田園がキャンバスの国際大学、北里学園、国際情報高校と大和病院の隣接地に建設される魚沼基幹病院を結ぶ「八色の森公園」を大和地区の中心核として位置づけ、各地域を結ぼうと。そして、どこからでも、国定公園の越後三山・八海山が望まれる自然いっぱいの、「福祉と学園の町」を目指そうと、話会いを継続することとしました。

塩沢地区では、大和の取組みよりも先行しており、平成14年度に牧之通り沿線住民40名で、建築協定を締結し、「まちなみ協定」と「デザインルール」に基づき、個性的で魅力的な街並み整備を行いました。そして、牧之通りと交差する、塩沢の駅前通でも「つむぎ通り」としての検討が進んでいる。
また、「三国街道の駅・塩沢宿」の構想も住民主導で進んでおります。

 六日町では坂戸城の城壁の修復に利用してもらいたいと、高額の個人の寄付が最近あり、坂戸城の城壁の修復に入る予定です。

 このように、市の財産である、自然・歴史・文化・街並み等を、それぞれの地域で景観の整備が地域住民主導ですすめられてきております。

 それらの地域で、自然・歴史を守り、景観形成が円滑に進められるために、南魚沼市が「景観行政団体」になることが重要ですが、市長の考えを伺います。



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